個人的なはなし・意見

賃借人、死す 死亡診断書を巡る役所とのバトル 〜前編〜

所有物件の入居者の死に際し、役所の対応に抗う私の体験記【全3回/前編】

オーナーにとって入居者の死は先の見えない敗戦処理である

「オタクの入居者、亡くなったそうですよ。」

202X年1月、マンションの管理会社から電話がありました。

ショッキングではありますが、亡くなった入居者は90歳オーバーだったので、いつかこの日が来ることは覚悟してはいました。

亡くなったのは1ヶ月前、介護のショートステイ中のことらしく、部屋に遺体がある訳ではないそうです。

それでも、これからのことを思うとため息が出ました。

マンション管理会社といっても、そこは分譲マンションで、管理会社は管理組合運営のサポートや共用部分のビルメンが主業務で、各部屋の入居者については範囲外です。

私はそのマンションの一部屋のオーナーで、賃料をもらって部屋を貸しており、入居者とのやり取りを別途賃貸管理会社に依頼してはいなかったので、本来は入居者が亡くなった際はマンション管理会社ではなく私に連絡が来るべきです。

私への連絡が後手になったのは、亡くなった入居者の身近には死後の手続きを行う人がいない、もしくは、いてもリテラシーが低くて適切に行えないかのどちらかで、いずれにしても今後の賃貸契約の解約なり、相続での承継はスムーズに進まないかもしれません。

(マンション外観)

私がその物件を購入した当時すでに築45年程度経過し、マンション管理組合が必要な修繕費用の捻出に苦労していると聞いていました。そして、何より入居者が90代の高齢独居で、その上、連帯保証人&保証会社なしなのは気が引けましたが、その物件の売主が東京に転勤になった私の業界仲間で、物件が私の自宅から徒歩数分の近さであったこともあり、迷った末に購入しました。

亡くなった入居者のOさんは1928年生まれで、前述の通り一人暮らしで連帯保証人はいません。売主がマンションを購入した時もオーナーチェンジであり、その時点ですでにOさんは住んでいました。売主に事前に提出された資料には入居者に関わるものがほとんどなかったので、購入のタイミングで、身分証のコピーと緊急連絡先の情報だけは私から確認させてもらいました。

⁠その際、私は近くに住んでいるのでご挨拶だけでもとOさんに伝えましたが、コロナ禍を理由に断られました。よって、私はOさんと電話で話しただけで面識はありません。

賃借人が死亡するとオーナーはどうなるか

マンション管理会社からのショッキングな連絡には気落ちしましたが、もちろん放っておく訳にはいきません。誰かにまるっとお願いできればそれに越したことはありませんが、不動産業者でありオーナーである私以上の適任者はまずいないでしょうし、仮にいても、この物件に自分以外の人を雇う予備費はありません。

私がこの問題の解決に向け動くにあたり、まずは自分が置かれている状況をよく把握する必要があります。

まずは、オーナーにとっての入居者の最悪の亡くなり方は物件内での事件死(要は殺害)で、続いて物件内での事故死・孤独死・自殺です。これらに該当すると物件はいわゆる事故物件となってしまいます。

Oさんはショートステイ中に物件外で亡くなりました。もし物件内での事件、事故ならマンション管理会社からではなく警察から連絡が来て、私は参考人として聴取の対象となったでしょう。

最悪のケースには該当しませんが、次に懸念されるのは相続人不在で物件が宙に浮くことです。

賃貸借契約は借主の死亡によって終了しません。相続人が解約手続きするまでは相続人が承継したと見做されます。この法的な取り扱いについて疑問を持つ方もいると思います。それでは親戚が亡くなったのを知らず、急遽賃料を請求されるリスクがあるのではないかと。

なぜ、このような取り扱いになっているかというと、例えば老夫婦が入居していて、契約者になっているご主人が亡くなった際に、奥さんが追い出されないようにするためです。これは借地借家法の強行規定になっていて、 これに反し「借主が死亡すると契約は終了し賃借権は相続されない」と特約を定めたとしても無効になります。

なので、Oさんが亡くなっても賃貸借契約は存続しており、一応は私が賃料をもらう権利も継続中です。

しかし、Oさんは一人暮らしでした。これまでOさんと同居していなかったのに、死亡を契機に物件に相続人が引っ越してくることは99%ありえないと言っていいでしょう。

であれば、相続人にとって賃貸借契約は賃料が掛かるだけなので即解約するのが合理的です。

ただし、もっと言えば、相続するのが果たして合理的なのでしょうか。賃貸借契約の相続は賃料の支払い、解約手続きといった負担はありますがメリットはほとんどありません。Oさんが他に特段の財産を有していなければそもそも相続放棄する方が合理的です。

仮にすべての相続人が放棄すれば賃貸借契約が終了するかというとそうでもありません。その場合、裁判所に相続財産管理人選任の申し立てをし、相続財産管理人と解約手続きを行わなければなりません。それには申し立ての費用と期間が掛かります。

たかだか賃貸1部屋にそんなコストを掛けられないとオーナーが一方的に賃貸借契約を解約扱いにして室内動産を処分することもありますが、解約も動産処分も脱法行為ですし、動産処分費用は当然自己負担となります。しかも、動産には写真や手紙の他、現金や貴金属もあり、それを自分のものにしたり、捨てたりするのは明らかに犯罪です。

また、すべての相続人が放棄する以前に、連絡すら付かないとか、まともな話し合いができないということもありえます。相続人とはいえ高齢者であるケースは多いです。そのときは賃料滞納等で訴訟したりすることになりますが、訴訟する経済的なメリットがコストを上回ることは稀でしょう。

いずれにしても相続人次第となり、相続人の判断は、相続人が合理的であればOさんが残した財産と負債のどちらが上回るかです。その点、独居で生涯賃貸暮らしだったOさんが多くの財産を有していることはあまり期待できなそうです。ただし、相続人は合理的な人ばかりとは限りません。相続を財産の多寡ではなく、被相続人に対する思い入れで判断する人は結構います。相続というより被相続人の後始末を責任感で行うと言った方が正しいでしょう。しかし、そのような非合理的ないい人が存在するなら、非合理的な悪い人も存在します。まともな話し合いにならず、こちらを一方的に悪者扱いしてくるかもしれません。

自分の置かれている状況を整理するほど先の見えない敗戦処理に足を踏み入れた感が強くなってきます。

まずは物件に行ってみる

もし私が弁護士や司法書士といった法律職であれば、まずは相続人とコンタクトを取ろうと試みたでしょうが、私は不動産業者であり、物件のオーナー・管理者でもあるので、まずは物件を見に行ってみることにしました。もちろん、賃借権が発生している部屋を勝手に立ち入るのはオーナーであっても契約違反ですが、一応、賃貸借契約なり民法で、非常時ややむえない事情による侵入は認められます。

(物件室内)

Oさんは電話ではとても元気なおばあちゃんでしたが、足腰が弱ったり、認知能力が低下したりして、身の回りを片付けたり、ゴミ出しをすることができなくなっていたのでしょう。⁠私が挨拶を拒まれたのは、コロナではなく、この部屋を見せられなかったからと思われます。

私はこの光景に心が折れ掛けましたが、私はプロの不動産業者だと自分を奮い立たせました。

動産は散らばっていて、食品は腐り悪臭を放っていますが、処分業者に依頼すれば部屋が広い訳ではないのでせいぜい30万円もあれば片付くでしょう。

この物件でこれまでに獲た賃料からして30万円は高いですが、損切りと諦めれば出せない額ではありません。

続いて、相続人に関わる情報を探します。といっても戸籍や家系図を置いてある人はまずいません。遺言的なものが見つかればいいのですが見当たりません。もしくは高齢の方だと、主要な方の名前と電話番号が壁に貼ってあることが多く、その中から同姓の人をピックアップしますが、そういったものもありません。

数十年前に被相続人が来賓者として参加した結婚式の写真がありましたが、新郎新婦は同姓ではなく、Oさんとのつながりはわかりません。

そんなとき、偶然に、

預金通帳!

もし、相続人がOさんとの交流が薄かったら、相続の判断に資産状況を知りたいと思うかもしれません。

私は通帳を取りました。

通帳は2通あり、ゆうちょと信金のものです。

残高は合計で100万円ちょっとです。

宮城県民がほとんど持っているであろう七十七銀行のものはありませんでしたが、年金が入ったり、水道料金や携帯電話料金が引かれたり、私に賃料を振り込んだり、現役世代にくらべれば項目は少ないですが、現金引き出しもあり、その他は現金で払っているとすればこんなものかもしれません。

100万円という額は、この部屋を片付ける費用、労力、それにOさんが他に債務がある可能性を考慮すると、相続する合理性としては微妙かもしれませんが、私としてはもっと悪い想像をしていたので希望が出てきます。

私は通帳の写真を撮り、元に戻しました。

相続人求む

相続人を求めて緊急連絡先へ

次は相続人の情報を集めます。

私はOさんの住まいのオーナー、つまりは利害関係人なので、区役所で戸籍等を取ることができます。

ただし、私は所詮は不動産業者で戸籍についてはプロではありません。その戸籍を見て、住所移動があれば市町村を跨いで出生時までの書類を請求して法定相続人を特定するのは専門の司法書士に依頼する必要があります。

まずは、そこまでしないで相続人が判別できるのが望ましいです。

私の手元にある資料で手掛かりとなりそうなのは購入時に教えてもらった緊急連絡先です。

緊急連絡先は宮城県内ではあるものの仙台市外にお住まいのOさんとは姓のことなる女性でした。

電話するとこちらの電話番号は登録していないと思いますが応答してくれたので、私は自分の立場を述べました。すると、その件なら私ではない者にと、別の方の連絡先と、その方が電話に出れるであろう時間帯を教えてくれました。

その方もOさんとは姓が異なり、Wさんという女性です。

私は指定された時間にWさんに電話しました。

Wさんは電話に出たので、一応、私の立場を述べ、Oさんの死亡の経緯について知っていることを教えていただきたいと頼みました。

私が最も知りたいことは、WさんがOさんの相続人にあたるかということですが、いきなり要件だけ聞くのは不躾なので、話を少し迂回させたのです。

WさんはOさんが亡くなったのは既知で、葬儀に立ち会えなかったこと、区役所に問い合わせても教えてもらえなかったことを悔しそうに語りました。

しかし、私はWさんがどういった立場で関わっているのかわかりませんので、話をすんなりとは飲み込めませんでした。どうやってOさんが亡くなったを知ったのか、何を区役所に問い合わせたのか、どういった理由でその問い合わせは却下されたのか。

それでも、Wさんの語り口に正義感的なものを感じました。自分は故人に対して人としてやるべきことを果たそうとしたが、それを阻まれたという。

私が持った疑問について質問をしたら答えてくれたかもしれませんが、一つ一つ話を整理すると、そりゃ要件満たしてないから区役所は却下するよねって話にもなりかねず、そうなるとWさんの正義を否定する雰囲気となり、Wさんと私は信頼関係が築けなくなるかもしれません。Wさんは連帯保証人ではなく、単なる緊急連絡先で、賃貸借契約上は何ら義務を負っていません。Wさんを不快にさせたら即、私との糸は切れてしまいます。

なので私は深入りを避け、要点を聞くことにしました。

「賃貸借契約は法律上は亡くなっても終了しないので、相続人の方とお話ししなければならないのですが、相続人の方はご存知ではないでしょうか?」

あなたが相続人かとは聞かず少しだけ遠回しです。

「私も、先に電話で話をした者も相続人ではありません。あの人(Oさん)は天涯孤独だったのです。」

明確な返答です。

私はその言葉が100%真実かの判別はつきませんでしたが、礼を言って電話を切りました。

相続人を求めて障害高齢課へ

緊急連絡先から相続人の手掛かりは掴めなかったので、次は区役所に行きました。

戸籍を請求するのではなく、まずは葬儀を担当したであろう部署に話を聞くためです。

宮城野区役所2F障害高齢課。

引き取り手がいない方が亡くなった場合、障害高齢課の管轄となります。

窓口で要件を述べると、担当者に代わってくれました。⁠

Kさんという30歳前後と思われる女性です。一見すると物腰が柔らかく、どんな話をしても一生懸命メモを片手に聞いてくれます。

ただし、それは⁠高齢者とその家族相手に窓口対応を重ねる中で身に付けたポーズなのではないでしょうか。相手の話をじっくり聞いてあげ、相手が話し終わってすっきりした頃合いを見計らってうまい具合に話を切り上げる、それが彼女の仕事なのだと思います。私のときはメモははじめにちょっと取っただけです。

私の話を聞くと、Kさんは一旦窓口を離れ奥の上司に相談すると、上司と二人で窓口に戻ってきました。

上司は、Oさんの相続人は調査中で、葬儀費用は障害高齢課で立て替えていると言いました。

それを聞き、私と障害高齢課とは利害が一致していると思いました。お互いがOさんに対し債権を有していて、その解決を望んでいる。両者が協力することでスムーズに事が運びはしないか。

私は障害高齢課の持っている情報が欲しいと思い、こちらの持っている情報をチラ見せしました。

「そういえば室内を確認した際に通帳がありましたが、まあまあ入っていましたよ」

すると、上司は言いました。

「その通帳をここに持ってきてもらえますか。立て替えている費用が執行できるので」

私は表情には出さなかったつもりですが、烈火の如く怒りました。障害高齢課は自分たちのことしか考えていません。一瞬でも協力しようと考えた自分が情けない。

私は言いました。

「相続人の所有物と推定されているものを勝手に持ち出すのはいうまでもなく犯罪ですが、障害高齢課の指示ということでよろしいですか?」

上司は

「いやそれは違います。そんな難しい話ではなく、できればということです」

自分たちのことしか考えていない者のために、代わりに手を汚す人間がいると何故思えるのか、私には不思議でなりません。

相続人を求めて戸籍住民課へ

障害高齢課と協力関係にはなるのは望めないので、諦めて戸籍を取ることにしました。

出生時まで遡った戸籍は司法書士に依頼するにして、その取っ掛かりとなる住民票除票、除籍謄本は私で取ろうと、利害関係者だとわかるよう賃貸借契約書を持って区役所戸籍住民課に行きました。

窓口の担当者は賃貸借契約書等を確認し私を利害関係者と認め、申請は受け付けられましたが、しばらくして私は窓口に呼ばれました。

窓口担当者「この方、亡くなっているんですか?」

私「はい、昨年12月に亡くなっています」

窓口担当者「まだ死亡扱いになっていませんけど」

とても意外でした。

Oさんの死は、1フロア上の障害高齢課が公然と対応し、葬儀もしています。

亡くなってない方の相続人調査は辻褄が合わないので、戸籍住民課では受け付けられないとのことで申請は取り下げました。

その理由はもっともです。

仮にゴリ押ししても、死亡扱いになっていなければ、今後の様々な手続きが進められないことは明らかです。

意外でしたが、この時点でそのことを大した問題とは捉えませんでした。現実に死亡しているので、戸籍住民課のデータを現実に合わせるだけのことです。

実際はこの死亡届を巡って大揉めすることになります。

(【全3回/中編】に続く)

*故人のプライバシーに係る記載がありますが、故人に対しては個人情報保護の対象外となります。なお、Oさんに相続人はなく、相続財産管理人手続きも終了しています。ただし、Oさんのプライバシーを明かすことは記事の目的ではないので実名は伏せています。

*役所が私に行った対応は、役所において公然と判断したことであり、担当者名を含め、私に守秘義務はありません。ただし、私には職員個人を批判する意図は一切ないので実名は伏せています。

*なるべく事実に即して記載するよう努めていますが、記憶が曖昧なところもあり、大意を曲げない範囲で想像で補って記載しています。

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shiro-shita

仙台在住の”不動産コンサルタント” 就職超氷河期世代かつリーマンショックの直撃を受けたりと時代に翻弄され不動産会社を転々。苦く、しょっぱい経験に裏打ちされた不動産スキルはある意味ではリアルそのもの。

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