ポジティブさが合理性に勝る現代社会の病理
ポジティブか、それともネガティブか。
それはパーソナリティー分析における重要項目です。
あの人はポジティブで一緒にいると元気になる!
あいつは根っからのネガティブで一緒にいると引きずられる…
パーソナリティーで重要とはいえ、世間的には、
ポジティブ=良い ⇔ ネガティブ=悪い
であり、
世の中はポジティブであることを求め、ネガティブな傾向を持つ人は”ポジティブシンキング”や”考えないでまずやってみる”の実践でそれを脱しようとしています。
確かに、根拠なくネガティブなメンヘラや猜疑心の塊との接触は避けるべきですが、
私はポジティブを称賛する風潮には疑問があります。
期待値はいくらか
なぜか?
ポジティブに偏ることで期待値を見定めるという状況分析の基本がおろそかになるからです。
期待値を見定めるとは、
例えば、AとBでじゃんけんをして勝てば100円もらえる、負ければ100円失うといった場合、期待値はいくらでしょうか?
もちろん、0円です。勝敗の確率も金額も同じなので何回勝負しても同じです。
次に、AとBでじゃんけんをしてAは勝ってもあいこでも100円もらえる、ただし、Bが勝ったら200円失う場合、期待値はいくらでしょうか?
こちらも0円です。勝率と金額が変わりますが、計算すれば同じです。
では、人生で良いことと悪いことどちらが多く起こるでしょうか?
良いことと悪いことを完全に定義し、そのレンジ幅を同じにして統計を取れば(現実的には不可能ですが)理論上は同じになるはずです。
世の中で支払われたお金と受け取られたお金が一致するのと同じです。
ポジティブシンキングによる現実歪曲
人は雰囲気で物事を判断しがちです。
2つめの例で、Aはあいこでも100円もらえるのでAが有利だろうと。
さらに、判断に感情が入ってしまいます。
3つめの例で、良いことがたくさんあってほしい、とか、逆に悪いことばかり起こる気がすると。
ポジティブシンキングを標榜する人は有利な要素を過大評価したり、不利な要素を過小評価する傾向があり、それでは適切な状況分析ができません。
物事の進め方は、
①状況を分析し、展開を予測する(期待値を見定める)
②その上でより有利に展開する、もしくは被害を抑える戦術を検討する
③実行、検証、改善
④不利な展開でこのままではハザード(生命や人格の危機)に至りかねない場合、退却し犠牲を抑える
ポジティブに偏ると①②を適切にできないので③が的外れになりがちで、それでいて人格を守るために反省せず自己正当化したりします。
ダメ男に散々な目に遭わされたのに、この経験により次は失敗しないとか、子供を授かれたから良かったとか言ってる人たまにいますよね。
確かに、やる気ある新人に思い切って業務を任せてみるというのはアリだと思いますが、
それは、新人に失うものがなく、ハザードの前に先輩が助けに入り、業務上の成果よりも教育を目的としている場合にすべきです。
そのような限定的なケース以外でもポジティブ偏重が高まれば世の中自体が間違った方向に進みかねません。
ミスリードされる世界
「自由を享受でき、希望があり、絶望に苛まされることのない世の中であってほしい」
この願いは期待値からして過剰でしょうか、それとも控えめでしょうか?
希望がかなえられる可能性を希求するのであれば絶望に陥る可能性も容認しなければなりません。
もしくは、絶望に陥る人を社会の再配分によって救済するのであれば、その負担を社会全体が負わなければならず、自由が一定程度制限されることになります。
(なお、再配分をきめ細かく行おうとするほど胴元である行政のコストが増え、全体の富が減少します)
つまり、この願いは期待値を上回る過剰な要求です。
この願いを「生きる上で最低限の権利でかなえられて当然だ」と認識すると、それがかなえられない現実に失望することになります。
さらに、この悲惨な現実を生んでいるのは限られた一部の人が富を独占しているといった陰謀論に傾倒したりします。
気が付けば特にトップの発言はポジティブなものしか許されず、期待値通りであってもネガティブに映りかねない現実は封印される世の中になっています。
甘言を用いて従事させた国民、従業員、信者その他ステークホルダーの離脱を防ぐためでしょうが、
結局は破綻の先送りでしかないのだと思います。
shiro-shita
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